さとパルSS その1
地底、渡る者の途絶えた橋には橋守がいる。橋姫の水橋パルスィである。彼女は旧都と地上を結ぶこの橋を見守り、橋を渡る者の無事を祈り守護する。と同時に、渡るべきではない者が旧都に流れないよう、逆に地上へ出ないようこの要所を守る番人でもある。
といっても、地底と地上の交流が開かれた今では、行き来をする者を厳しく監視する必要もなくなり(元々殆ど行き来も無かったが)、仕事とは名ばかりで精力的に課せられた業務を行う必要も無かった。
「…今日も誰も来ない。」
橋にいる必要は実際のところは特に無い。しかし、旧都に積極的に関わる気はパルスィには無かった。
「まぁ、誰かが来ても妬むだけなのだけどね。」
彼女の能力…嫉妬心を操る能力…が理由である。自分の能力は知っている。それは人の心を破壊することができる能力。やたらめたらに発動させる能力ではないとはいえ、この能力を持ちながら多くの者が存在する社会で生活していくのが他の者にとって危険なのは十分にわかっていたし歓迎されるような能力でないのもわかっている。
そもそも嫉妬狂いでもある彼女にとって、他者と関わるということは嫉妬の種を増やすのと同義であり、他者との関わりを極力避けるのは自分にとっても望ましいことだった。
そうして今日もパルスィは橋で一人きりで佇み、誰も来ない橋を見守っているのであった。
「…くしゅん」
いつの間にか体が冷えていた。そういえば季節は冬に入る。旧都では雪もちらほら降り始めた頃だとヤマメ達が言っていた気もする。
「…失敗したわね。」
もう少しいつもより暖かい格好をするんだった、と続けながら家の中に何か羽織るものなどはあったかと考える。
「羽織るものでしたらありますよ。」
急に掛けられた声に驚いて顔を向けると、寂しげな風景には似つかわしくないファンシーな洋服を着た小柄な少女がいた。
「さとり?」
さとりと呼ばれた少女はパルスィの元へ歩いてくる。
「はい、寒いでしょう?」
笑顔を保ちながら彼女は手元に持っていた布をパルスィに手渡す。さとりの趣味なのか可愛らしい色で彩られたケープだった。
「あ、ありがとう。」
きょとんとしながら受け取る。
「…いえ、こちらこそありがとうございます。」
なにが?、と思ってハッといま頭をよぎった思考を思い出す。さとりは相変わらず笑顔を湛えているが先ほどとは笑顔の質が違う。文字通り相手の思考を見透かした時の顔だ。
「…私はこんなの似合わないわよ。きっと。」
「いえいえ、似合うと思いますよ。」
まぁ着させてもらいますけど、と受け取ったケープを羽織る。
「ほら、可愛いです。」
「…とりあえず、プレゼントについてだけはお礼を言っておくわ…。」
さとりはまた先ほどの微笑みを浮かべる。「本当はちょっと嬉しいくせに」と、その笑顔は言っていた。